大英博物館でロゼッタストーンを見つけたとき、まず驚いたのは石の大きさでした。写真で見て想像していたものよりも大きく、濃い色をした石の表面に、細かな文字がびっしりと刻まれています。
しかし、展示ケースの周りには表にも裏にも人だかりができていて、すぐ近くへ行くことはできませんでした。きれいな列があるわけでもなく、前にいる人が見終わったあと、その隙間へ少しずつ入っていくような状態です。
本当は3種類の文字をじっくり見比べたかったのですが、後ろにも待っている人が大勢います。長く立ち止まるのは申し訳ない気がして、写真を撮り、あとでゆっくり見返そうと思いました。
ところが、ロゼッタストーンはガラスケースに入っているため、撮影すると照明や周囲の人が反射します。実物を見られたうれしさと同時に、もう少し時間をかけて文字を眺めたかったという心残りもありました。
この文字を手がかりに、長い間読めなくなっていた古代エジプトのヒエログリフが解読されたと知ると、ただの展示物として通り過ぎるには惜しい場所だと感じます。
ロゼッタストーンは、紀元前196年に作られた石碑の一部です。内容は当時の王プトレマイオス5世をたたえる布告で、同じ内容が3種類の文字で刻まれています。
- ヒエログリフ
- デモティック
- 古代ギリシャ文字
この記事では、ロゼッタストーンに何が書かれているのか、3種類の文字にはどのような違いがあるのか、どのように古代エジプト文字の解読へつながったのかを、大英博物館で実物を見た体験とともに紹介します。
※展示場所や館内の運用は変更されることがあります。訪問前に大英博物館公式サイトをご確認ください。
ロゼッタストーンとは?紀元前196年に作られた石碑

ロゼッタストーンは、古代エジプトのプトレマイオス朝時代に作られた石碑の断片です。
大英博物館の資料によると、素材は花崗閃緑岩で、高さ約112.3センチ、幅約75.7センチ、厚さ約28.4センチあります。
現在残っているのは石碑全体の一部で、上部や右側などが失われています。本来は、今よりもさらに大きな石碑だったと考えられます。
作られたのは紀元前196年。当時13歳だったプトレマイオス5世の戴冠1周年にあたり、メンフィスに集まった神官たちが王をたたえる布告を出しました。
ロゼッタストーンは、その布告をエジプト各地へ伝えるために作られた石碑の一つです。同じ布告を刻んだ別の石碑も発見されているため、世界に一つだけの文章だったわけではありません。
それでもロゼッタストーンが特別な存在になったのは、一つの内容が、当時すでに読めなくなっていたエジプトの文字と、研究者が読むことのできた古代ギリシャ文字で刻まれていたからです。
ロゼッタストーンに刻まれたプトレマイオス5世の布告

ロゼッタストーンに刻まれているのは、謎の呪文や物語ではありません。
内容は、神官たちが王プトレマイオス5世の功績をたたえ、王へ神としての名誉を与えることを定めた布告です。
王が寺院へ行ったこと、税や負債に関する措置、国や神殿へ行った善行などが記され、神殿に王の像を置くことや、祭礼を行うことなどが定められています。
文章の最後には、この布告を重要な神殿へ置き、神聖文字、民衆文字、ギリシャ文字で刻むことが示されています。
現在の感覚に近づけるなら、王の功績と神官たちの決定を、多くの立場の人に伝えるための公式文書といえるでしょう。
ロゼッタストーンに刻まれた3種類の文字

ロゼッタストーンの表面は、大きく3つの部分に分かれています。
| 石の位置 | 文字 | 特徴 |
|---|---|---|
| 上部 | ヒエログリフ | 神殿や宗教的な場で使われた格式の高い文字 |
| 中央 | デモティック | 日常生活や行政文書などに使われた、より実用的な文字 |
| 下部 | 古代ギリシャ文字 | プトレマイオス朝の支配層や行政で使われた文字 |
ここで注意したいのが、3種類の文字が刻まれていても、言語は大きく分けて2つだという点です。
ヒエログリフとデモティックは、どちらもエジプト語を書くための異なる書記体系です。下段には古代ギリシャ語が記されています。
上段のヒエログリフ
最上部には、神殿や記念碑で使われたヒエログリフが刻まれています。
鳥、人、目、植物などを思わせる形が並ぶため、絵だけで意味を表しているようにも見えます。しかし、ヒエログリフには物や意味を表す記号に加え、音を表す働きもありました。
ロゼッタストーンに残るヒエログリフは14行です。石碑の上部が失われているため、文章の多くは欠けています。
中段のデモティック
中央に刻まれているのがデモティックです。ロゼッタストーンには32行が残されています。
デモティックは、ヒエログリフよりも速く書きやすい形へ発達した文字で、契約書、手紙、会計、行政文書など、生活に近い場面でも使われました。
実物を見ると、ヒエログリフのような一つひとつの絵の形は分かりにくく、細かな線が流れるように続いて見えます。
下段の古代ギリシャ文字
下段には古代ギリシャ語の文章が刻まれています。大英博物館の資料では54行とされています。
当時のエジプトは、アレクサンドロス大王の征服後に成立したプトレマイオス朝の時代でした。王朝の支配層はギリシャ系で、行政ではギリシャ語が広く使われていました。
古代ギリシャ語は19世紀の研究者が読むことができたため、同じ内容が刻まれているエジプト文字を読み解く重要な手がかりになりました。
ロゼッタストーンに3種類の文字が使われた理由

同じ内容が3種類の文字で刻まれた背景には、当時のエジプトに異なる文化と社会的役割が共存していたことがあります。
- ヒエログリフは神殿や宗教に関わる正式な表現
- デモティックはエジプトの人々が実務で使う文字
- 古代ギリシャ文字は王朝の支配層や行政で使う文字
王の功績と神官会議の決定を広く伝えるため、それぞれの立場で読まれる文字が選ばれました。
私には、一枚の石の中に古代エジプトの宗教、暮らし、政治が重なって残っているように見えます。ロゼッタストーンは文字を解読する鍵であると同時に、複数の文化が交わった時代を映す資料でもあるのです。
1799年の発見から大英博物館へ渡るまで

ロゼッタストーンが再発見されたのは1799年7月です。
ナポレオンのエジプト遠征に参加していたフランス軍の兵士たちが、地中海沿岸の町ラシードにあるジュリアン要塞の工事中に発見しました。ラシードはヨーロッパでロゼッタと呼ばれていたため、ロゼッタストーンという名前が付いています。
発見に関わった人物として知られているのが、フランス軍の工兵将校ピエール=フランソワ・ブシャールです。
石に異なる文字が刻まれていることから、発見後すぐに重要性が認識されました。研究者が調べられるよう、文字を写した複製も作られています。
その後、1801年にフランス軍がイギリス軍へ降伏し、アレクサンドリア降伏協定のもとでロゼッタストーンを含む古代遺物がイギリス側へ渡りました。
ロゼッタストーンは1802年に大英博物館へ収蔵され、現在まで同館で展示されています。
第一次世界大戦中は地下施設へ避難した
ロゼッタストーンは1802年に大英博物館へ収蔵されましたが、長い展示の歴史の中で、一時的に博物館から移されたことがあります。
第一次世界大戦末期の1917年、ロンドンへの空襲による被害を避けるため、ロゼッタストーンはホルボーン付近にあった郵便輸送用の地下鉄施設へ移されました。
保管場所は地表から約15メートル下にあり、ロゼッタストーンはそこでおよそ2年間守られていたといいます。
紀元前196年に作られた石碑が、約2000年後には近代の戦争から守るために地下へ避難していたことにも、その長い歴史を感じます。
大英博物館の公式収蔵品情報には、ホルボーン地下約50フィートの郵便地下鉄施設で2年間保管されたことが記録されています。
ヒエログリフ解読までの歩み

ロゼッタストーンが発見された時代、古代ギリシャ語は読むことができましたが、ヒエログリフを正確に読む方法は長い間失われていました。
研究者たちは、まず読めるギリシャ語の文章を基準にして、デモティックやヒエログリフの中から対応する名前や言葉を探しました。
トマス・ヤングの研究
イギリスの学者トマス・ヤングは、ロゼッタストーンに刻まれた文字を比較し、王名を囲むカルトゥーシュの中にプトレマイオスの名が書かれていることを研究しました。
ヒエログリフの一部が音を表していることや、デモティックとヒエログリフの関係を明らかにし、解読へ大きく近づきます。
シャンポリオンによる解読
フランスの学者ジャン=フランソワ・シャンポリオンは、ヤングを含む先行研究や、ほかの碑文との比較を進めました。
さらに、古代エジプト語の流れを受け継ぐコプト語の知識を活用し、ヒエログリフが意味だけを示す絵文字ではなく、音も表す複雑な体系であることを解き明かします。
1822年、シャンポリオンは解読の成果を発表しました。
ロゼッタストーンだけで突然すべてが読めるようになったわけではありません。多くの研究者による比較と積み重ねの中で、同じ文章を3種類の文字で記したこの石が、重要な手がかりになったのです。
解読によってよみがえった約3000年の歴史

ヒエログリフの解読によって、それまで声を失っていた古代エジプトの記録を読めるようになりました。
王や神々の名前だけではありません。宗教、政治、戦争、暮らし、手紙、税、食事、祈りなど、古代エジプトに生きた人々の考えや日常へ近づけるようになったのです。
大英博物館は、1822年の解読によって、現代の人々が知ることのできるエジプトの歴史が約3000年分広がったと説明しています。
一枚の壊れた石が、文明全体の記憶を読み戻す入口になったと考えると、実物が持つ存在感にも納得できます。
大英博物館Room 4の展示場所と混雑状況

ロゼッタストーンは、大英博物館1階のエジプト彫刻ギャラリー、Room 4に展示されています。
大英博物館を代表する展示物の一つで、石の表側にも裏側にも多くの来館者が集まります。私が訪れたときは整列するための列がなく、前の人が移動したときに空いた場所へ入っていくような見学方法でした。
すぐ前まで進めても、後ろには次に見たい人が待っています。私は長く場所を空けないのは申し訳ないと感じ、十分に眺める前に写真を撮ってその場を離れました。
ゆっくり文字を見たり、正面から写真を撮ったりしたい場合は、入館後の早い時間に向かうのがおすすめです。館内を回る順番を決めるときも、ロゼッタストーンを最初の目的地にすると見やすくなる可能性があります。
実物は写真で想像していた以上に大きく、暗い石の表面に刻まれた文字の密度にも圧倒されました。
写真を撮る場合は、ガラスケースへの照明や人影の映り込みにも注意が必要です。少し立つ角度を変えながら、文字が見える位置を探すと撮影しやすくなります。ただし、混雑時には一か所へ長く立ち止まらず、周囲の人と譲り合いながら見学しましょう。
ただ有名だから見るのではなく、上・中央・下で文字の形がどのように変わるのかを意識すると、一枚の石が解読の鍵になった理由を感じやすくなります。
Room 1の啓蒙思想ギャラリーには、触れることのできるロゼッタストーンの複製も案内されています。展示状況は変更される可能性があるため、当日の館内案内も確認してください。
ロゼッタストーンを見るときの注目ポイント

実物を見る際は、次の部分を順番に見てみてください。
- 石の上部が大きく欠けている形
- 上段に残るヒエログリフの絵のような記号
- 中段のデモティックに見られる流れるような線
- 下段に整然と並ぶ古代ギリシャ文字
- 石の厚みと、人の背丈に近い大きさ
少し離れて全体を見たあと、近づいて3種類の文字を比べると、同じ布告が異なる姿で刻まれていることが分かります。
混雑していると、実物の前で一つひとつの文字を長時間確認するのは難しいかもしれません。先に上段・中段・下段で文字が変わることを知っておくと、短い時間でも見る場所を絞れます。
写真を残す場合は、石全体を一枚撮ったあと、ヒエログリフ、デモティック、古代ギリシャ文字をそれぞれ撮影しておくと、帰国後にも形の違いを見比べられます。私も現地では十分に見られなかったため、撮影した写真を見返しながら、そこに刻まれた文字と歴史をあらためて調べることにしました。
ロゼッタストーンに関するよくある質問

ロゼッタストーンには何語が書かれていますか?
エジプト語と古代ギリシャ語の2言語です。文字はヒエログリフ、デモティック、古代ギリシャ文字の3種類が使われています。
ロゼッタストーンには何が書かれていますか?
紀元前196年に神官会議が出した布告です。プトレマイオス5世の功績をたたえ、王へ神としての名誉を与えることなどが記されています。
ロゼッタストーンを解読したのは誰ですか?
解読で最もよく知られているのは、1822年に成果を発表したフランスのジャン=フランソワ・シャンポリオンです。イギリスのトマス・ヤングをはじめ、複数の研究者による先行研究も解読へ大きく貢献しました。
ロゼッタストーンはなぜ黒く見えるのですか?
ロゼッタストーンは灰色とピンク色を含む花崗閃緑岩でできています。過去に表面へ保護材などが施されたこともあり、展示環境や照明によって濃い黒色の石に見えます。
大英博物館のどこで見られますか?
1階のRoom 4、エジプト彫刻ギャラリーに展示されています。人気展示のため、混雑することがあります。
ロゼッタストーンは本物ですか?
Room 4に展示されているものが本物です。Room 1には、触れることのできる複製も案内されています。
まとめ|ロゼッタストーンは失われた言葉を読み戻した石

- ロゼッタストーンは紀元前196年に作られた石碑の一部
- プトレマイオス5世をたたえる神官会議の布告が刻まれている
- 使われているのはヒエログリフ、デモティック、古代ギリシャ文字
- 3種類の文字で、言語はエジプト語と古代ギリシャ語の2つ
- 1799年にフランス軍の兵士たちがラシードで発見した
- トマス・ヤングやシャンポリオンらの研究によって解読が進んだ
- 大英博物館1階のRoom 4で見学できる
- 人気展示のため、表側にも裏側にも人が集まりやすい
- ガラスケース越しの撮影では、照明や周囲の人が反射することがある
ロゼッタストーンは、王をたたえる布告を刻んだ石碑でした。
しかし、同じ内容が異なる文字で残されたことで、約2000年後の人々が古代エジプトの言葉を読み解く手がかりになりました。
大英博物館で実物を見るときは、石全体の大きさに加え、上から下へ変化する文字の形にも注目してみてください。
私が訪れたときは人が多く、本当はもっとじっくり見たかったという気持ちが残りました。その心残りがあったからこそ、撮影した写真を見返し、ロゼッタストーンに何が書かれているのかを調べるきっかけにもなりました。
文字を読む力が失われても、石に刻まれた記録は残り続ける。その長い時間を目の前で感じられることが、ロゼッタストーンの大きな魅力だと思います。
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