映画『タイタニック』で、三等船客たちが楽しそうに踊る場面があります。そこで演奏される曲の一つが、アイルランドの伝統曲「ジョン・ライアンズ・ポルカ」です。
私がこうした音楽のルーツに惹かれたきっかけは、子どもの頃から親しんできた『ファイナルファンタジー』などのゲームでした。『ロード・オブ・ザ・リング』の壮大な世界観にも心をつかまれ、いつの間にかハープや笛、フィドルの音に反応するようになっていました。
2025年にスコットランドのエディンバラを訪れたときには、街中でバグパイプの生演奏を聴きました。石造りの街や城を背景に音が響き、演奏だけを聴いているというより、街全体が音楽の一部になったように感じたことを覚えています。
私は学生時代にファゴットを演奏していました。ファゴットとバグパイプでは、音色も仕組みも異なります。それでも、リードが生み出す響きにどこか近いものを感じました。初めて聴くはずなのに少し懐かしかったのは、木管楽器を吹いていた経験も関係しているのかもしれません。
ところで、よく耳にする「アイリッシュ音楽」と「ケルト音楽」は何が違うのでしょうか。
簡単にまとめると、アイリッシュ音楽はアイルランドで受け継がれてきた音楽です。ケルト音楽は、アイルランドやスコットランド、ウェールズ、ブルターニュなど、ケルト系の言語や文化と関わる地域の音楽をまとめて紹介するときに使われます。
この記事では、両者の違いを地域・楽器・曲調から比べ、映画やゲームで耳にする「ケルトらしい音」についても見ていきます。
アイリッシュ音楽とケルト音楽の違い

最初に、主な違いを一覧で確認してみましょう。
| 比較する点 | ケルト音楽 | アイリッシュ音楽 |
|---|---|---|
| 言葉の範囲 | ケルト系の文化と関わる複数地域の音楽をまとめた呼び方 | アイルランドで受け継がれてきた伝統音楽 |
| 主な地域 | アイルランド、スコットランド、ウェールズ、マン島、コーンウォール、ブルターニュなど | アイルランド島 |
| 代表的な楽器 | 地域によりハープ、フィドル、各種バグパイプ、笛など | フィドル、フルート、ティン・ホイッスル、イリアン・パイプス、コンサーティーナ、ボタンアコーディオン、バウロンなど |
| 代表的な曲種 | 地域によって異なる | リール、ジグ、ホーンパイプ、ポルカ、スローエアなど |
| 聴こえ方 | 勇壮、哀愁、軽快さなど地域差が大きい | 踊りに結びつく器楽曲から、静かな歌やスローエアまで幅広い |
アイリッシュ音楽は、広い意味でケルト音楽の一つとして紹介されることがあります。
ただし「ケルト音楽」という一つの共通した音楽体系があり、そこから各地域の音楽が枝分かれした、と単純に捉えるのは難しいところです。実際の音楽は地域ごとに異なる歴史の中で育ち、演奏する人は「アイリッシュ」「スコティッシュ」「ブルトン」のように地域名で呼ぶことも多くあります。
ケルトという言葉の意味や地域については、ケルトとは?どこの国の文化か、歴史・模様・音楽をやさしく解説で詳しくまとめています。
ケルト音楽とは?地域の音楽をまとめた呼び方

「ケルト音楽」は、ケルト系の言語や文化と関わりの深い地域の伝統音楽や、それらに影響を受けた現代音楽を紹介するときに使われる言葉です。
よく挙げられるのは、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、マン島、コーンウォール、フランス北西部のブルターニュです。スペイン北西部のガリシアやアストゥリアスの音楽も、バグパイプ文化などの共通点から「ケルト音楽」として紹介されることがあります。
ただし、現代のケルト諸地域を言語から捉える場合、一般に挙げられる六つの地域とガリシアは同じ位置づけではありません。「ケルト音楽」は厳密な境界を持つ学術用語というより、音楽を紹介するための広い呼び方として使われています。
古代ケルトの音楽がそのまま残っているの?
現代のケルト音楽を、古代ケルト人が演奏した音楽の姿そのものと考えることはできません。古代の演奏を録音した資料はなく、現在親しまれている曲や演奏様式は、それぞれの土地で長い時間をかけて育ってきました。
中世以降の社会、教会、宮廷、移住、地域間の交流、楽器の発達など、さまざまな影響が重なっています。古代から変わらない音を聴いているというより、各地の人々が受け継ぎ、変化させてきた音楽を聴いているのです。
ケルト音楽はすべて哀しい曲?
ケルト音楽というと、霧の森や古城を思わせる哀愁のある旋律を想像する方も多いかもしれません。
実際には、軽快なダンス曲、勇壮な行進曲、物語を伝える歌、静かなスローエアなど表情はさまざまです。「短調が中心」「五音音階が特徴」と一つにまとめると、地域ごとの違いや曲の多様さが見えにくくなります。

アイリッシュ音楽やケルト音楽を聞くと、踊り出したくなりますよね♪最近では無印良品でも流れていて、居心地が良い印象です♪
アイリッシュ音楽とは?アイルランドで受け継がれる音楽

アイリッシュ音楽は、アイルランド島で受け継がれてきた器楽、歌、踊りに関わる音楽です。
リールやジグなどの舞曲がよく知られていますが、すべてが陽気で速い曲というわけではありません。ゆったりとしたスローエアや、物語を歌うバラード、アイルランド語の伝統歌唱であるショーン・ノスもあります。
リール・ジグ・ポルカの違い
- リール:一般に4拍子系で、流れるような速さを持つ舞曲
- ジグ:6/8拍子など、跳ねるようなリズムが特徴の舞曲
- スリップ・ジグ:9/8拍子で演奏されるジグ
- ホーンパイプ:4拍子系で、リールよりリズムの輪郭を感じやすい舞曲
- ポルカ:2拍子系の軽快な舞曲。アイルランド南西部でも親しまれています
曲種によって基本となる拍子やリズムがあり、9/8拍子はスリップ・ジグに見られます。5/4拍子をアイリッシュ音楽全体の代表的な特徴とするのは適切ではありません。
セッションは完全な即興演奏?
アイルランドのパブなどで行われるセッションでは、演奏者がその場に集まり、共通して知っている曲を続けて演奏します。
ジャズのように曲そのものを即興で作る場というより、共有されたレパートリーを耳で合わせる文化です。誰が曲を始めるか、その次に何をつなげるか、装飾をどう加えるかには、その場ならではの自由があります。
アイルランドの音楽団体Comhaltasが紹介するセッション用曲集にも、リール、ジグ、ホーンパイプ、ポルカ、スライド、マズルカなどが収録されています。

楽器で分かるアイリッシュ音楽とスコットランド音楽の違い

フィドルやハープのように複数地域で使われる楽器もあれば、同じ「バグパイプ」でも構造や音色が異なるものがあります。
アイリッシュ音楽の主な楽器
- フィドル:楽器としてはバイオリンと同じ。細かな装飾や地域ごとの奏法が音に表れます
- ティン・ホイッスル:金属製の縦笛。明るく素朴な音色が特徴です
- フルート:木製フルートも多く使われ、息遣いを生かした演奏が聴かれます
- イリアン・パイプス:肘でふいごを動かして空気を送り、座って演奏するアイルランドのバグパイプです
- コンサーティーナ、ボタンアコーディオン:旋律とリズムの両方を支えます
- バウロン:片面に革を張ったフレームドラムです
- アイリッシュハープ:アイルランドを象徴する楽器の一つです
イリアン・パイプスは2017年、アイリッシュハープの演奏文化は2019年に、ユネスコの無形文化遺産の代表一覧へ登録されました。
参考:ユネスコ「Uilleann piping」/ユネスコ「Irish harping」
スコットランドのバグパイプとの違い
エディンバラの街中でよく目にするのは、グレート・ハイランド・バグパイプです。演奏者が息を吹き込み、立って演奏する姿と、遠くまで届く力強い音で知られています。
アイルランドのイリアン・パイプスは、肘でふいごを動かし、一般に座って演奏します。音の出し方も響きも同じではありません。
私がエディンバラで惹かれたのは、バグパイプ単体の音だけではありませんでした。石造りの建物や城が続く街に音が広がることで、風景と音楽が一つにつながって感じられたのです。現地で聴く音には、その土地の空気まで含まれているのだと思いました。
学生時代にファゴットを演奏していた私には、バグパイプの響きにどこか親しみもありました。ファゴットは二枚のリードを振動させて音を出すダブルリードの木管楽器です。バグパイプにもリードが使われているため、息や空気がリードを通って音になる感覚を、演奏経験と重ねて聴いていたのだと思います。
バグパイプの歴史については、バグパイプはケルト起源じゃなかった|スコットランドの象徴になった理由もあわせてご覧ください。
ケルト音楽の地域ごとの音楽性の違い

同じケルト音楽でも、地域によって雰囲気が変わります。
・アイルランド…リールやジグなどの舞曲、伝統歌、スローエアなど幅広い
・スコットランド…バグパイプ、フィドル、ゲール語の歌など地域によって多彩
・ウェールズ…ハープや合唱、伝統歌がよく知られている
・ブルターニュ、ガリシア…地域固有のバグパイプや管楽器を使った音楽が受け継がれている
同じ「ケルトの音楽」でも、地域の個性がにじむのが奥深いところです。
映画やゲームで聴く「ケルトらしい音楽」

映画やゲームでは、ハープ、フィドル、笛、バグパイプなどを使い、古いヨーロッパや幻想世界を思わせる音楽が作られます。
こうした曲は、伝統音楽をそのまま演奏したものと、作曲家が複数の音楽要素を取り入れて作った劇伴に分かれます。聴いた印象がケルト風でも、作品内の曲をすべて伝統的なケルト音楽と断定することはできません。
『タイタニック』のジョン・ライアンズ・ポルカ
映画『タイタニック』の三等船客のダンス場面では、ゲーリック・ストームが演奏しています。「An Irish Party in Third Class」には、「ジョン・ライアンズ・ポルカ」と「ブラーニー・ピルグリム」が含まれています。
同じ「ジョン・ライアンズ・ポルカ」は、『映画 えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』のサウンドトラックにも収録されています。異なる作品で同じ伝統曲に出会うと、映画から音楽のルーツをたどる楽しさが生まれますね。
参考:『タイタニック』収録曲/『映画 えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』サウンドトラック
『ロード・オブ・ザ・リング』やRPGの音楽
『ロード・オブ・ザ・リング』やファンタジーRPGの音楽には、地域の伝統楽器や民俗音楽を思わせる音が使われることがあります。
私にとっては、こうした物語やゲームがケルトの文化に関心を持つ入口になりました。ただし、作品の音楽を一括して「ケルト音楽」と呼ぶより、「ケルト音楽を思わせる響きがある」と表現する方が実態に近いでしょう。
初めて聴く方におすすめの曲とアーティスト

アイリッシュ音楽の違いを耳で確かめたい方は、次の順番で聴くと入りやすいと思います。
伝統的な舞曲のリズムを楽しむ
- 「John Ryan’s Polka」:ポルカの軽快さを感じやすい曲
- 「The Kesh Jig」:ジグの跳ねるようなリズムを味わえる曲
- 「Drowsy Maggie」:リールとして広く知られる曲
アーティストから聴いてみる
- The Chieftains:アイルランド伝統音楽を世界へ広く紹介したグループ
- Altan:ドニゴールのフィドル音楽とアイルランド語の歌で知られます
- Lúnasa:伝統を基盤にした器楽アンサンブルが魅力です
- Clannad:伝統音楽、歌、現代的なサウンドが交わる音楽を楽しめます
- Celtic Woman:クラシカルやポップスも取り入れた現代的な入口として親しみやすいグループです
「伝統音楽」「現代のフォーク」「ケルティック・クロスオーバー」では音の作り方が異なります。好きな曲から入り、使われている楽器や出身地域を調べると、音楽の地図が少しずつ広がります。
アイリッシュ音楽とケルト音楽に関するよくある質問

アイリッシュ音楽はケルト音楽ですか?
広い意味では、ケルト音楽の一つとして紹介されます。アイリッシュ音楽はアイルランドの伝統音楽を指し、ケルト音楽は複数の地域をまとめる広い呼び方です。
ケルト音楽はどこの国の音楽ですか?
一つの国だけの音楽ではありません。アイルランド、スコットランド、ウェールズ、ブルターニュなど、ケルト系の言語や文化と関わる地域の音楽を紹介する際に使われます。
アイリッシュ音楽の代表的な楽器は何ですか?
フィドル、フルート、ティン・ホイッスル、イリアン・パイプス、コンサーティーナ、ボタンアコーディオン、バウロン、ハープなどがあります。曲や地域、演奏者によって編成は変わります。
アイリッシュ音楽のセッションは即興ですか?
その場で曲を一から作る形式とは少し異なります。演奏者が共通して知っている曲を耳で合わせ、曲順やつなぎ方、装飾にその場の変化が生まれます。
スコットランドのバグパイプとアイルランドのバグパイプは同じですか?
異なります。スコットランドのグレート・ハイランド・バグパイプは息を吹き込み立って演奏する姿が一般的です。アイルランドのイリアン・パイプスは肘でふいごを動かし、座って演奏します。
もっとケルトの世界を知りたい方へ

ケルト音楽の背景には、神話や文字、暮らしの文化が広がっています。
あわせて読むと、あの音楽がもっと味わい深くなりますよ。
【ケルトとは何か(文化・歴史)】
【ケルト文化の魅力!宗教や古代の神々から現代の祝祭まで】
【オガム文字占いはケルトの神秘】
【ルーン文字魔術の神秘!北欧神話と古代の知恵】
まとめ|違いを知ると音楽から土地が見えてくる

アイリッシュ音楽は、アイルランドで受け継がれてきた音楽
ケルト音楽は、ケルト系の文化と関わる複数地域の音楽を紹介する広い呼び方
現代の音楽は各地域の歴史の中で育っており、古代の音楽がそのまま残ったものとは言い切れない
アイリッシュ音楽にはリール、ジグ、ポルカ、スローエア、歌など多様な形がある
アイルランドのイリアン・パイプスと、スコットランドのハイランド・バグパイプは構造や演奏方法が異なる
映画やゲームの音楽にはケルトを思わせる響きもあるが、伝統音楽と創作された劇伴は分けて考える
エディンバラでバグパイプを聴いたとき、石造りの街に響く音まで含めて一つの風景なのだと感じました。
音楽の違いを知ることは、楽器の名前を覚えることだけではありません。音が育った土地や、そこで暮らしてきた人々へ近づくことでもあるのだと思います。







コメント